阪神大震災から15年

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今日(2010年1月17日)は、阪神大震災から15年の日です。
震災当時、私は兵庫県伊丹市の実家にいて、阪神大震災を経験しています。
当時の経験を書いてみたいと思います。

想像を絶する揺れ

阪神大震災は、午前5時46分に発生しました。
最初軽い揺れで目が覚め、それから数秒後に猛烈な横揺れに襲われました。
私の家のあたりでは、揺れはおおむね東西方向で、私は枕を西にして寝ていたので、全身が前後にゆすられるような感覚でした。
揺れは20秒程度続いたかと思いますが、「もう死ぬかも知れない」と本気で思いました。

揺れがおさまって、横を見ると、タンスが倒れていました。
隣の部屋でも、二段重ねのタンスの上段が倒れて落ちていました。

伊丹の震度は記録に残っていないようですが、おそらく震度6クラスだったのではないかと思います。

状況が分からない

冬の早朝の時間帯で、まだ暗かったので、まず電気をつけようとしました。
しかし、停電で電気はつきませんでした。

大阪や神戸のあたりでは、それまでは地震がほとんどなかったです。
我が家でも、地震に対する備えはまったくありませんでした。
懐中電灯もラジオもつかない状態で、ろうそくで何とか明りを取りました。

今考えてみると、余震が起こったらろうろくが倒れて、火事になっていたかも知れません。
そんなことも頭に思い浮かばないぐらい、地震には縁がなかったです。

朝7時ぐらいになって、電気がつきました。
さっそくテレビをつけたところ、その時点では神戸の震度は表示されていなかったように記憶しています。
また、その時点で最初に見たのは、岡山のあたりの映像で、神戸の映像もまだ出ていなかったと記憶しています。
そのぐらい、地震の当初は状況が分かりませんでした。

阪急伊丹駅倒壊

その後だんだんと状況が明らかになっていき、テレビにはすさまじい映像が次々と映し出されました。
中でも、地元の阪急電鉄の伊丹駅が倒壊したという映像には非常に驚きました。

当時の阪急伊丹駅は、3階建ての建物でした。
3階が駅のホームで、1階と2階はショッピング街でした。また2階には駅の入り口もありました。
その建物の1階部分が押しつぶされ、跡形もない状態になっていました。

後で伊丹駅を見に行ったところ、大勢の人が見に来ていてごったがえしていました。
町の中心にあった駅だけに、倒壊したのを目の当たりにした時には、ショックを受けたものでした。

ちなみに、その後しばらくは、阪急伊丹駅は仮駅での営業が続きました。
新しい阪急伊丹駅ができるまで、4年近い時間がかかりました。

地震後しばらくの生活

かなり激しい揺れに見舞われたものの、我が家では幸いにしてガスと水道が無事でした。
また、前述したように地震直後は停電しましたが、回復してからは電気も大丈夫でした。
そのため、日常生活に大きな支障は出ずに済みました。
地震の当日に、のんきにすき焼きを食べたことを、今でも良く覚えています。

しかし、地震直後は、電話がやはりつながりにくかったです。
当時お世話になっていた出版社に連絡しようとしましたが、なかなか連絡することができませんでした。
また、地震後1週間ぐらいは、スーパーマーケットの食料品がかなり品薄になっていました。

地震からしばらくの間は、揺れに非常に敏感になりました。
大きな地震だっただけに、大きな余震が起きる恐れがあって、怖かったものです。

東京で地震が起こったら・・・

今では、仕事柄東京に行く機会がそこそこあります。
もし、仕事で東京に行っている最中に地震が起こったら・・・と思うことがよくあります。

関東大震災から約90年がたち、同じような地震がいつ起きてもおかしくないです。
もし東京で阪神大震災のような地震が起こったら、一体どうなるのか想像がつきません。
皆さまも、ぜひ普段から備えをしておいていただきたいと思います。

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